生き物

ヒグマは怖い!人食いの事件が悲惨で強さは最強?

皆さんはヒグマにどんなイメージがありますか?

川でシャケを採ってる

動物って感じの印象ですかね?

 

 

もしくは可愛い感じでいくと

クマのプーさんみたいな感じですかね??

 

 

実は、ヒグマは恐ろしく

凶暴な動物なんです

ってご存知かもしれませんね.

 

でもどのぐらい凶暴なのかを今回は

お話しさせていただきます。

ヒグマは怖くて最強?

初めにヒグマの生態について簡単に

お話しさせていただきます

 

 

ヒグマはクマの中では

かなり大型に育つ種で成獣だと

最大500Kgを越えるものも存在します。

 

 

日本にはヒグマとツキノワグマの

二種類が生息されツキノワグマは本州

四国に生息しヒグマは北海道にしか生息していません

 

 

アラスカのような食糧豊富な土地では

1000Kgのような超特大のヒグマも生息しているようです!

 

 

そしてヒグマのパワーですが

ヒグマの武器は大きな手にあります。

 

その威力はその一撃で牛馬の首の骨を

打ち砕くことができ牛馬を口にくわえて

ひきずることができるという

なんとも恐ろしいパワーの持ち主です

 

 

こんな奴にやられたら即死は免れないのではないかなと思います

 

 

ヒグマが襲った事件はある?

 

ではここでヒグマが起こした事件を

2つご紹介いたします最初に

言っておきますがここで注意です!

 

 

自分はあまりまろやかに

書くつもりはございません。

 

なので多少残酷な描写があるかと

思いますがその点はご了承ください。

 

事実を書いていますので

その点はわかっていただきたいです

札幌丘珠事件

1878年(明治11年)1月11日

から1月18日にかけて

北海道石狩国札幌郡札幌村大字丘珠村で

発生した獣害事件

死者3名重傷者2名を出した。

 

事件概要

1878年1月11日

爾志通り在中の猟師が冬眠中の

ヒグマを発見し狩ろうと試みるも

撃ち損ね逆上したクマに襲われ死亡。

 

 

理不尽に起されたクマは

飢えて市街地を駆け抜けたため

17日に警察が緊急で部隊を編成し

討伐に向かう。

 

駆除隊は足跡を頼りに追跡を

したが猛吹雪の為見失ってしまう。

 

 

17日深夜逃走をしていた

ヒグマが突如一軒の小屋を襲撃。

 

小屋に住んでいた幼い長男とご主人が

食い殺され奥さんは息子を守ろうと

頭皮をはぎ取られながらも

村民に助けを求め、重傷で一命を取り留めた。

 

 

18日昼ヒグマは駆除隊により射殺

ヒグマは雄の成獣で体長1.9m

警察署の前で晒し者にされ札幌農学校に

渡され、教授の指示のもと学生たちが解剖した。

 

その学生の中には一期生だった

新渡戸稲造の姿もあったという

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件

1970年(昭和45年)

北海道日高郡静内町の日高山脈

カムイエクウチカワシ山で発生した事件。

 

登山中であった福岡大学

ワンダーフォーゲル部の学生を襲い

死者3名を出した事件

 

 

事件概要

福岡大学ワンダーフォーゲル部の

部員5名が

「A リーダー20歳」

「B サブリーダー22歳」

「C 19歳」

「D 19歳」

「E 18歳」

博多駅から北海道新得駅に向かい

7月14日芽室岳へ入山芽室岳から

ペテガリ岳へ日高山脈を縦走する計画であった

 

 

25日中間地点カムイエクウチカワシ山の

九の沢カールでテントを張った。

 

しかしヒグマの襲撃にあう

ヒグマのいない九州から来た学生たちは

恐れることなく様子を見ていた、ヒグマが

荷物を漁りだしたため、学生たちは

物音を立て追い払いヒグマから荷物を取り返した。

 

彼らは交代で見張りをしていたが

その後は現れることはなかった

 

 

26日Aの指示によりBとEは

救助を要請するため下山した

途中で北海学園大学のグループ

鳥取大学のグループに

救助要請を伝言し

BとEは3名の助けに山中に戻った

 

 

BとEが戻り5人でテントを修繕し

午後4時頃ヒグマ再来

 

彼らは鳥取大学のテントに避難

しようと逃げ出したがヒグマの出没の為

北海学園大学、鳥取大学は

既に避難しており、仕方なく

夜道を歩き続けた。

 

不幸にもヒグマが追っかけており

追いついたEはヒグマ襲撃にて絶命した

 

 

Cは他のメンバーとはぐれ一目散で

逃げがれ場で夜を過ごした

 

 

27日早朝濃い霧で視界が悪く

下山する途中ヒグマに出くわし

Aが標的にされ、そのまま襲われ死亡した

B、Dは無事下山し午後6時駐在所に到着した。

 

仲間とはぐれたCはテントに戻り

一夜を明かしたが

28日、ヒグマに襲われ死亡した

 

 

29日の早朝から捜索が始まり

午後2時45分ごろ2人の遺体を発見

BとDの確認の元、AとE本人であることが分かった

 

同日4時30分頃

ヒグマは八の沢カール周辺にいた猟師

10名の一斉射撃により、射殺された。

 

推定3歳の雄のヒグマで

体長としてはそれほど

大きなものではなかったという

 

 

31日にはCの遺体も発見されたが

救出困難であると判断し

三名の遺体は八の沢プレートに荼毘された。

 

追悼のプレートには

「高山に眠れる御霊安かれと晩歌も悲し八の沢」

と記載されている

 

 

射殺したクマは解剖されたが体内から

ヒトや持ち物などは確認されなかった

 

 

今回はヒグマの生態や凶暴性などご紹介してきました

ヒグマは簡単に人を殺してします、動物です

むやみやたらに近づいたりしないようにしてください

山道を歩く際にはクマよけの鈴なんかも効果的です

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます

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