「ゴルフ記念日」の制定者は、ゴルフ協会ではありません
5月28日が「ゴルフ記念日」だということをご存知ですか?そして、その記念日を制定したのは、スポーツメーカーの「ミズノ」の直営店だということを。
「なぜゴルフ協会じゃないの?」という疑問が湧くでしょう。その答えは、日本のゴルフが「競技」として公式にスタートを切った、ある歴史的な一日に隠されています。知れば誰かに話したくなる、日本ゴルフの意外な始まり方を見ていきましょう。
- ゴルフ記念日を制定したのがミズノである本当の理由
- 記念日の由来となった「第1回日本オープン」の舞台裏
- 混同しがちな「ゴルフ場記念日」との明確な違い
- ミズノとゴルフの、知られざる深い関係
結論:記念日はミズノが制定。その理由は「1927年5月28日」
早速、核心からお伝えします。「ゴルフ記念日」は、1994年にミズノの直営店「エスポートミズノ」が制定し、日本記念日協会に登録した記念日です。
制定の直接の理由は、1927年(昭和2年)5月28日に遡ります。この日、神奈川県の程ヶ谷カントリークラブで、「第1回 日本オープンゴルフ選手権」が開催されました。これは日本で初めての公式ナショナルオープン戦。ゴルフが単なる娯楽から、「公認競技」としての第一歩を踏み出した、極めて重要な日だったのです。
ミズノは、この日本ゴルフ史のターニングポイントを後世に残し、広く祝いたいという想いから記念日を申請しました。単なる企業PRではなく、文化の発展を記録し応援するという、一歩踏み込んだ姿勢が感じられます。
1 第1回日本オープンは、今とはまったく違う大会だった
歴史的とされるこの大会、現代の華やかなプロツアーとは様相が異なりました。
- アマチュア主体の大会:現在はプロの祭典ですが、当時はアマチュア選手が中心でした。
- 2日間の開催:1927年5月28日と29日の2日間で争われました。
- 国際色:在日外国人選手も参加する、当時としては画期的なオープン戦でした。
そして、この大会で頂点に立った人物が、日本ゴルフに最初の衝撃と希望をもたらしました。
2 初代王者は伝説のアマチュア、赤星六郎
第1回日本オープンを制したのは、赤星六郎(あかぼし ろくろう)というアマチュアゴルファーでした。慶應義塾大学でゴルフを始め、アメリカ留学で本場の技術と精神を学んだ、当時としては稀有な存在です。
彼の優勝は、「外国人選手が勝つだろう」という予想を覆す快挙でした。日本人でも世界に通用する技術と紳士たる精神を持ち得ることを証明したこの勝利は、後の世代のゴルファーたちに計り知れない自信を与え、日本ゴルフ発展の礎となったのです。
3 混同注意!「ゴルフ記念日」と「ゴルフ場記念日」は別物
「日本で初めてゴルフ場ができた日でしょ?」と考える方が多いのですが、それは別の記念日です。
「ゴルフ場記念日」は5月24日です。1903年、神戸に日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」が開場した日を記念して制定されました。
つまり、5月下旬は日本ゴルフの歴史が詰まった週間なのです。
- 5月24日(ゴルフ場記念日):「場所・施設」が誕生した日。
- 5月28日(ゴルフ記念日):「競技・文化」としてスタートした日。
なぜミズノなのか? 企業とゴルフの深い関係
最後の疑問、「なぜミズノが?」には、しっかりとした理由があります。ミズノは野球や陸上のイメージが強いですが、実は1920年代からゴルフクラブの製造を開始していました。第1回日本オープンが開催された1927年には、すでにゴルフ事業に携わる「先駆者」だったのです。
以来、一貫してゴルフ用具の開発に力を注ぎ、数多くのトッププロをサポートしてきました。記念日を制定した直営店も、最新ギアを体感できる場として機能しています。自社の歴史と日本のゴルフ史が深く結びついているからこそ、その節目を祝う記念日を制定するのは、ごく自然な成り行きだったと言えるでしょう。
まとめ:記念日が伝える、熱い「競技」の始まり
- 制定者はミズノの直営店。企業が文化を応援する姿勢が光る。
- 由来は1927年5月28日の第1回日本オープン。ゴルフが「公認競技」として歩み始めた日。
- 初代王者はアマチュアの赤星六郎。その勝利が未来を切り開いた。
- 「ゴルフ場記念日」(5/24)とは起源が全く異なるので注意。
今では誰もが知るスポーツとなったゴルフ。その第一歩は、一つの公式大会と、一人のアマチュアプレイヤーの快挙から始まりました。5月28日を目にした時、この意外な歴史を思い出してみてください。きっと、ゴルフを見る目が少し変わるはずです。

